フリーアナウンサー服部 陽介のブログへようこそ!服部 陽介はレポーター、キャスター、ニュースデスク、司会者、俳優、声優、ナレーター、パーソナリティ、講師として活動。湘南エリアと富士山麓での2拠点ライフ実践中!
2011年10月19日
2011年10月17日
2011年10月15日
2011年10月13日
2011年10月11日
2011年10月9日
昭和歌謡史が完成!
ほぼ全てのレコード会社が共同で制作している企画盤CD「青春歌年鑑」が全て揃った。歯抜け状態になっていた分をネットで一気に購入。約10年かかってのコレクション完成だ。
このCDシリーズは、昭和初期(1920年代)から1990年までの流行歌、ヒットソングを収録した一大コレクション商品。1960年からは1年で20~30曲をまとめた年単位のCDになっており、付随する特別盤も含めると、総枚数は約100枚。昭和の歌謡史を語る上ではこの上ない音源となる。
こうなると、「平成盤」の発売も期待したいところだが、特にここ10年の日本音楽界が大衆性を失いつつある現状にあっては、年度ごとの代表曲をまとめることはもはや難しくなっているのかもしれない。せめて、まだミリオンセラーが多く存在した2000年くらいまでは制作を望みたいところである。
このCDシリーズは、昭和初期(1920年代)から1990年までの流行歌、ヒットソングを収録した一大コレクション商品。1960年からは1年で20~30曲をまとめた年単位のCDになっており、付随する特別盤も含めると、総枚数は約100枚。昭和の歌謡史を語る上ではこの上ない音源となる。
最近K-POPに入れ込んでいる私ではあるが、日本の大衆音楽史は比較に値しないほど奥深く、その音楽性の幅も驚くほど広い。日本人が世界の食べ物をあたかも自国の文化であったかのように取り入れてしまうそれと良く似ている。自分が生きてきた時代の曲はもちろんだが、生まれる前の楽曲を聞くにつけ、日本という国が歩んできた奇跡の道程を実感できるような気がするのだ。こうなると、「平成盤」の発売も期待したいところだが、特にここ10年の日本音楽界が大衆性を失いつつある現状にあっては、年度ごとの代表曲をまとめることはもはや難しくなっているのかもしれない。せめて、まだミリオンセラーが多く存在した2000年くらいまでは制作を望みたいところである。
2011年10月7日
2011年10月5日
2つの「赤とんぼ」
「赤とんぼ」と言えば、「夕焼け小焼けの…」という歌い出しの童謡が一般的によく知られているが、調べてみたところ、文部省唱歌版の「赤とんぼ」が存在する。いずれも懐かしさと季節感を存分に感じられる秀作だ。
童謡「赤とんぼ」
文部省唱歌「赤とんぼ」
秋の水、澄みきった
童謡「赤とんぼ」
作詞:三木露風
作詞:山田耕筰
夕焼小焼の、赤とんぼ
負われて見たのは、いつの日か
山の畑の、桑(くわ)の実を
小籠(こかご)に摘んだは、まぼろしか
十五で姐(ねえ)やは、嫁に行き
お里のたよりも、絶えはてた
夕焼小焼の、赤とんぼ
とまっているよ、竿(さお)の先
負われて見たのは、いつの日か
山の畑の、桑(くわ)の実を
小籠(こかご)に摘んだは、まぼろしか
十五で姐(ねえ)やは、嫁に行き
お里のたよりも、絶えはてた
夕焼小焼の、赤とんぼ
とまっているよ、竿(さお)の先
※大正10年(1921年)「童謡百曲集第二集」より
文部省唱歌「赤とんぼ」
秋の水、澄みきった
流(ながれ)の上を赤とんぼ、
何百何千、揃って上(かみ)へ、ただ上(かみ)へ、
上(のぼ)って行くよ、上って行くよ。
秋の空、金色の
夕日に浮かぶ赤とんぼ、
何百何千、並んで西へ、ただ西へ、
流れて行くよ、流れて行くよ。
※昭和7年(1932年)「新訂尋常小学唱歌(第三学年用)」より
2011年10月3日
2011年10月1日
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